質量分析を微生物同定に役立てる

摘要

地球上に存在する微生物の種の数は，数百万種以上と推定されていたが，最近の報告1)では，約1兆種の微生物が存在し，その99.999%はまだ発見されていないとも言われている。地下水，河川，海洋といった水環境にも多種多様な微生物が生息しており，水圏に生息する生物にも多様な微生物が共生している。多種多様な微生物を分類して同定する手法の歴史は，分析技術の進歩にともなって発展してきた。形態学的特徴や糖類の資化能を指標とした表現形質による識別·同定から，DNAの塩基のグアニンとシトシンの含量(GCmol%)や細胞壁の脂質や脂肪酸の種類など，細胞の基本構造を形成する成分を利用した化学分類学的特徴の組み合わせによる方法が用いられるようになった。1980年代になると，リボソームRNAを用いた系統分類により分類体系の再構築が行われ，それにともないリポソームRNA遺伝子を用いた同定法が普及した。近年では技術の進歩によりゲノム解析にかかる時間と費用が大幅に減り，全ゲノム配列を用いた微生物の分類と同定が行われるようになってきた。微生物の同定では，様々な特徴を分析して総合的に判断することが確実ではあるものの，微生物の同定を迫られる現場ではその簡便性と迅速性が求められる。そこで，近年注目されているのがMALDI-TOF MSを用いた微生物同定法(以下，MALDI微生物同定法という。)である。本稿では，MALDI微生物同定法の基本原理と識別·同定の実際，さらに各種サービスについて紹介する。