活性硫黄分子の新規生合成経路とその代謝制御機能

摘要

生命の起源は，硫黄化合物が高濃度で存在する深海熱水噴出孔に由来するのではないかと考えられている.硫黄化合物は現在においても，深海熱水噴出孔に生息するさまざまな微生物の重要なエネルギー源であり，硫黄を利用したエネルギー生産は最も原始的なエネルギー代謝である可能性が高い.我々ヒトもまた，ネギゃニンニクなど硫黄が多く含まれている食品や生活環境を介して多様な硫黄分子を摂取している(図1).対照的に，硫化水素はミトコンドリア電子伝達系(ETC)に対する抑制効果により，特に好気性エネルギー生産を利用する現代の生物にとって，有毒とみなされてきた.しかし，最近の研究では，血管新生，炎症，オートファジー，老化などを調節するシグナル伝達分子として，硫化水素のより肯定的な役割についての報告が増えてきている.これまでの硫黄代謝研究は，含硫アミノ酸や含硫タンパク質の生合成と代謝，チオール化合物(R-SH)のジスノレフィドやスルフェン酸·スノレフィン酸·スルフォン酸形成などの酸化反応，あるいは各種親電子物質によるマイケル付加やアルキル化修飾などに焦点が当てられてきた.また近年，硫化水 素の生体内生成が議論されているものの，その生合成と代謝経路の実体は不明であった.このような状況の中，我々はシステインパースルフイド(CysSSH)などの活性硫黄分子が，硫化水素による生理機能であると誤認されてきた様々な生命現象に直接関わる真の代謝分子であることを提唱し，高等生物において初めて『硫黄呼吸』の存在を明らかにした(図1).本稿では，活性硫黄分子の生体内生成機構の同定とその生理機能について，現在までの知見と今後の展望を概説する.