百年目を迎える日本農芸化学会

摘要

「百年目」という落語があります。上方では、故桂米朝師匠の十八番でした。大店の一番番頭で堅物としてとおっている治兵衛が、芸者や帮間連中を引き連れてこっそり船で隅田川に花見に繰り出したのですが、小心者の治兵衛はほかの船から顔をのぞかれないように、船の障子をぴたりと閉めさせます。しかし、だんだんとお酒が入るにつれて大胆になり、向島近くで船の障子を一気に開けます。その瞬間、治兵衛の眼前だけでなく、落語を聞いていた私たちの眼前に、満開の桜の絶景が陽気なお囃子とともに広がります。米朝師匠の話芸を昨日のように思い出します。落語では、向島に着いた治兵衛が陽気に騒いでいたところに、これまた花見にやってきていた旦那と土手で鉢合わせ。あわてふためいて「お久しぶりでございます」と挨拶をして、逃げるようにお店に戻り寝込んでしまいます。翌朝、「なんであんな挨拶をしたんだい？」と旦那から聞かれた治兵衛が、「あんな様を見られ、もうこれが百年目かと思いました」と言うところで、落ちとなります。"百年目"というのは、親を殺された子が、何年も探し歩いた末に仇を見つけて、「ここで会ったは百年目、いざ尋常に勝負勝負」と言うぐらい艱難辛苦の末の絶好の機会であると同時に、絶体絶命のピンチなのです。日本農芸化学会は、あと8年を経て2024年に百年目を迎えます。「農芸化学」は生命現象を化学に基づいて解明し、その知見を農業生産や加工品生産など社会に応用還元するという、日本独自の研究?教育分野です。しかし、この20年ほどの間に行われた大学再編の嵐の中で、農芸化学の文字は大学からほとんど消えてしまいました。科学研究費の審査区分の中には「農芸化学」という文言が残り、まだかろうじて存在感を保っていますが、2024年になってもそうでしょうか。