日本眼科学会総会　宿題報告Ⅳ黄斑疾患黄斑形成と中心視成立の分子細胞生物学

摘要

Charles Darwinが「種の起源」を著して以来，複雑な構造をもつ眼も進化の産物であると考えられるようになった．しかし，眼の形態は複眼からカメラ型まであまリに多彩なので，いくつもの系統が独立にできたとごく最近まで考えられていた．しかし，眼形成のマスターコントロール遺伝子Pax6が発見され，ほぼすべての動物系統に共通して存在することが明らかにされるに及び，眼は太古の共通祖先において光を感ずる細胞としてただ一度だけ発生し，変異と淘汰選択を繰り返して多彩に分枝してきたという単一起源説が導かれた．そして，ヒトの黄斑低形成においてPax6遺伝子の変異が発見され，太古の光感受性細胞に生じたPax6遺伝子が視覚進化の頂点である黄斑の形成に関与していることが示された.黄斑は進化的には高等魚類の一部から出現し，僻虫類まで耳側網膜に存在しているが，烏に至って鼻側に黄斑をもつものができ，さらに耳側と鼻側2つの黄斑を有するものも出現した．そして噂乳類で黄斑は一度消失し，霊長類で再現した．原始哨乳類における消失と霊長類での再現は，網膜におけるオブシン遺伝子の変性と復元に相関し，黄斑を作る機構はその間visual streakの中に潜hでいた．我々ヒトの黄斑は，魚類以来の耳側黄斑が維持されたものである．pax6が眼の形成で働くフィールドは眼球ほぼ全体を網羅しており，網膜では発生初期に広汎に発現して運命づけに大きな役割を果たしている．黄斑形成の運命もごく初期に決定されるが，これにはvisual streakにおける細胞密度の集中とともに，顔の正面からシグナル伝達物質が放出されてPax6の発現を制御し，眼球後極に正確な位置づけを行う巧みな機構が存在する．そして，顔を正面に向けるこの単純なシステムによって，黄斑の位置づけだけでなく，ガンマ角や視軸の決定，さらに眼球耳側の発育，視野の成立までをもー元的に説明することができる．黄斑は中心視におけるレセプターであり，中枢への投射機構を明らかにすることもさらに重要な課題である.黄斑の形成と中枢への投射を決める分子機構が明らかになれば，我々の中心視の起源と意義が理解できるとともに，やがて将来には光を失った人々に，光覚だけでなく形態覚をも起らせる治療へ通ずることが期待される．