電子カルテの上の雲

摘要

紫雲が空を低く閉ざし渦巻いている.奇妙に荒々しい異形の雲だ.昨日までの暖かい陽射しが嘘のように暗く，コート越しに寒さが締めつけてくる.天気予報は大外れだ.今日の勤務に向かう救急医の私は空を見上げて，急に天気が崩れた日は感染症や心血管疾患が増えるな，参ったな と首をすくめチこ.勤務の出鼻をくじかれた気がした私は，救命救急センターと大きく赤く表示さ れたゲートをくぐった.予想は当たった.呼吸困難の高齢者がさっそく搬送されていた.83歳，男性.詳細はまだわ からない.一瞥してわかるのは，酸素化の低下と促迫した呼吸である.頸静脈が累々と張ってみ える.1人の研修医が診察を始めていて，別の研修医がかかりつけの家庭医に電話をしている. 検査と治療を進めないといけない.電子カルテを開くか.