氷河生態系*

摘要

氷河や雪渓，積雪など，水が主に雪や氷という固体として存在する雪氷圈は，その寒冷で厳しい環境条件のために，長い間，無生物的環境と見なされてきた。しかし筆者らの調査によって，冷たい雪や氷の世界である氷河にも，実は昆虫類やミミズ類，甲殻類をはじめとする様々な動物が，雪氷中で増殖する雪氷藻類などの氷河微生物を食物として多数生息していることが明らかになってきた。つまり,これまで無生物的な環境と見なされてきた氷河にも，特異な生態系が成立していることがわかったのだ。これらの動物の多くは，その生活史を雪氷中で完結させており，低温への適応など，氷河という環境に対して特殊な適応をとげていることがわかってきた。さらに最近，氷河の古い氷の中に保存されている微生物が，過去の環境復元に利用できることや，氷河生態系の一次生産者である雪氷藻類などの微生物が，氷河表面の色や反射率を変えることによって，日射による氷河の融解に影響を及ぼしていることも明らかになり,氷河生態系の生物が地球物理学的にも注目されている。本稿では氷河に生息する生物の生態や氷河生態系の特性を紹介するとともに，氷河微生物を利用した古環境研究や氷河微生物が氷河の融解に及ぼす影響についても概説する。