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戦後日本の建築専門誌における「みち空間」思想の構築と展開

机译:战后日本建筑杂志中“ Michi Space”构想的构建和发展

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摘要

近年わが国では、公共空間論の活発化と共に戦後における道路空間デザインの歴史に関する考察も見られるようになった。その多くはテクノクラートによる法整備やこれを受けて生み出された空間の系譜に注目した道路整備史的アプローチを採用しており、人間の空間としての「街路」の概念に基づいた街路構造令が廃止され道路構造令に統合された1958 年が、道路行政において自動車空間としての機能を重視する表明がなされた転機と捉えられている。そして人間のための空間としての道に再び価値が見出されるようになるのは、1970 年代の「歩行者空間化」時代を経て事業メニューの多様化が図られた1980 年代まで待たなければならなかったと認識されている。しかし実際には、その期間も都市計画・建築分野の研究者や建築家といった専門家は、都市における道の機能や価値に関する議論を継続的に蓄積させてきたと考えられる。そこで既往の考察で注目されてきた「公」の立場による道路整備史と並行して存在した、「民」の立場の専門家による人間のための空間としての道に関する議論のコンテクストを明らかにする。
机译:近年来,在日本,公共空间理论之后 还看到了道路空间设计史研究 变成了。他们中的许多人是技术维护的技术维护 专注于生产空间模型系的道路史 我们采用一种方法和“街道”作为人类空间 基于概念的街道结构顺序被废除和道路结构命令 1958年合并的是道路管理局的汽车空间 它被认为是调整功能的转折点。 并将价值再次发现到道路作为人类的空间 20世纪70年代的行人空间化'时代 等待20世纪80年代商务菜单的多样化 人们认识到它必须是。但实际上 该期间也是城市规划和建筑中的研究人员和建筑师 该市专家将讨论城市道路的功能和价值 认为该理论已持续累积。会有历史 道路维护历史,具有“公共”的位置,这是在考虑的关注 对于人类的“人”的职位专家,他们存在和存在 揭示道路上讨论的背景 做了。

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