液体材料の大気圧MeV-SIMS測定

摘要

二次イオン質量分析法(SIMS)は感度の高さや原理上すべての質量を分析可能であるという特徴をもつが、通常のSIMSはkeV領域のエネルギーを持つ一次イオンを用いることから高真空下での測定が必要不可欠であり、高真空下で不安定な揮発性液体試料や水を含んだ状態の生体試料を評価することが困難であった。そのため、低真空あるいは大気圧でのSIMS測定が可能なMeV領域のエネルギーを持つ高速重イオンを用いたMeV-SIMSの研究開発を行ってきた。これまでの研究から MeV エネルギーを持つイオンを用いると電子的阻止能が主であるため試料表面近傍を電子的に励起し、高質量分子のイオン化を促進し、生体分子などの高分子を従来の 1,000 倍以上高い感度で検出することが可能であることが分かっている。さらには、高速重イオンは大気圧下において高い透過率を持つため大気圧下での試料分析が原理上可能となる。例えば、30 keVのBiイオンの大気圧He中における飛程は約100 µmであるが、6 MeVのCuイオンの飛程は約35 mmに達する。そこで我々は一次イオン入射アパチャや二次イオン引出アパチャにオリフィス径が100µm 程度の精密ノズルを使用することにより、試料室に大気圧まで He 導入した状態でも分析室やビームラインの真空度の悪化を抑制し、大気圧下におけるSIMS測定が可能なMeV-SIMS装置を構築した。図1にHe大気圧下にて脂肪酸（ヘプタン酸、ヘキサン酸）を測定した結果を示す。ヘプタン酸、ヘキサン酸の蒸気圧は室温でそれぞれ約0.6 Pa、2.1 Paであるため、これらを真空中に導入するとすぐに蒸発してしまう。しかし、He大気圧下においてはSi基板上に滴下した5 µLの液滴は30分以上経過しても蒸発しないため、SIMS測定を容易に行うことができた。このようにして大気圧下にて得られた SIMS スペクトルには、それぞれの分子イオン、二量体イオン、および三量体イオンのピークが見られ、脂肪酸溶液表面からの二次イオン測定ができていると考えられる。これらの結果は、MeV-SIMS を用いることにより揮発性有機液体試料の分析を容易に行うことができることを示しており、実試料のように複数種の揮発性有機液体が混在する試料の測定も容易であると期待される。