リアルタイム現場情報を活用して安心農産物を生み出す十勝A男物詩その3

摘要

A男は着飾っていた。 地方の中堅広告会社を脱サラ退社し、父親が遺した50町歩の農地と、それよりももっと大きく見えた借金を抱え日本最大の食糧基地十勝に飛び込hで早4年が過ぎ、5度目の収穫の時期を迎えていた。 今日はインターネットを通して農業の現場情報を送り続けて来た、「未だ見ぬ顔見知り」都会からの遠来の客を迎えて都市一農村の交流イベントの日だ。 交流と言えば聞こえは良いが、「食の安全性」に不信を隠さない消費者に実際の農の姿を見て頂き、ここ十勝の農産物を「安心して」食べて頂くために今では恒例になったいわば農家と消費者の真剣勝負の場である。今年は、A男の広告会社勤めの経験を買われて地元の農協組合長直々案内役の指名を受けた。 はっきり言って名答だが緊張はそれ以上だ。 嘗ては身体の山部のようだった紺の背広に久しぶりに袖を通した。年齢としては細身だと自負していた体躯が不自然に背広には合わなくなっている。頸、肩から背中にかけて、知らず知らずに付いた筋肉が4年の歳月を無言で物語っていた。 「良くここまで来られた」、彼の脳裏を就農1年目「今日何をしたらいいのか」と何度も畑で立ちつくした日々の記憶が過ぎっていた。 「亡くなる前、秋に父が播いた小麦が雪解け後あっという間に生長し、広大な畑を開花した穂が覆っていたっけ」農業を継ぐ決心をした時は今よりずっと楽観的だっった。 どこかに父の30年間の農作業記録が残っているだろうと思いこhでいたからだ。 「あとは周りの見よう見まねでも何とかなるだろうし、いざとなれば農協にも、自治体にも農業の指導機関はあるだろう。 いくら何でも一冊ぐらい参考書があるさ」たかを括っていた。A男既に39歳、農家に生まれながら全く農業を知らないことを思い知るために費やした4年間のはろ苦い歳月を、日高の山並みをバックに次第に大きくなる淡い車影に重ねていた。