河不出図

摘要

私は経済学を職業として生涯を過した．まだこの世に余喘を保ってはいるが，還暦を過ぎてからは何も研究していないので，過去形になる．経済学はいつのころからか「社会科学」といわれるようになった．しかし私は自分がscientistであると思ったことはない．ここでも，科学というのは生物学や物理学のことである．私が経済学の勉強を始めたのは，1950年代の中ごろであったが，その頃の経済学会では「人類は遠からず経済問題を解決する」と信じる風潮が強かった．とりわけ学問としての経済問題はマルクスの『資本論』（1867年）によってすでに解決されていて，あとはその解決を実行するだけだと信じている経済学者が少なくなかった．