第65回学術集会特別企画2:臨床検査の国際動向一海外で活躍する曰本人検査医一(1) :アメリカにおける乱用薬物検査の実情

摘要

I.米国におけるオピオイドクライシスの現状およびその歴史的背景:昨今の米国においてオピオイドクライシスに代表される薬物乱用は大きな社会問題になっており、2017年10月、トランプ大統領は「公衆衛生上の非常事態」宣言をした。統計上、全米における薬物過剰摂取による死亡者数は、2008年以降交通事故死や銃火器による死亡者数を上回り、その数は2015年には50,000人を超えた。これは全米で一日におよそ140人が薬物過剰摂取により死亡したことになる。このオピオイドクライシスの歴史的背景には、1990年代に始まった「医療現場におけるそれまでの鎮痛処方は不十分であり、オピオイド鎮痛薬をもっと積極的に用いられるべきである。」という考え方にある。そこへ鎮痛処方ガイドラインの改定やオピオイド鎮痛薬処方に関する法改正などが後押しをした結果、オピオイド鎮痛薬の処方数が増加した。つまり、このオピオイドクライシスは医原病としての側面も持っている。2001年以降オピオイド鎮痛薬などの処方薬による薬物過剰摂取による死亡者数はコカインやヘロインの過剰摂取による死亡者数を上回っている。このような状況下、オピオイド鎮痛薬などの処方が2010年以降再規制され始めた。鎮痛処方ガイドラインの再改定、州レベルでの規制薬物処方モニタリングプログラムの開始などにより、オピオイド鎮痛薬の処方数は2012年より徐々に減少している。市場に流通するオピオイド鎮痛薬の減少により、これらの薬物は確かにオピオイド依存症患者の手に入りにくくなった。ただこれらの対策は残念ながらオピオイド鎮痛薬による過剰摂取に対する解決策とはならなかった。というのもオピオイド依存症患者の多くは、比較的安価なオピオイド鎮痛薬の代替品として、違法オピオイドであるヘロイン（モルヒネに2つのアセチル基で修飾し脳移行性を向上させたジアセチルヘロイン）を選hだ。そして2011年以降現在に至るまでのヘロイン過剰摂取による死亡者数の激増というオピオイドクライシスに至っているこのヘロインによる過剰摂取という問題をさらに深刻にしているのは、路上で違法取引されているへロインに混入されている合成オピオイドのフェンタニルおよび多くのフェンタニルアナログにあり、これらの薬物そのものがヘロインとしても密売されている。フェンタニルはモルヒネの100倍、フェンタニルアナログの一つカーフェンタニルに至ってはモルヒネの10,000倍のオピオイドとしての力価を持ち、オピオイド過剰摂取による死亡者数の激増の大きな原因となっている.