兼業羊飼い奮闘記IV

摘要

14.―歩:葛巻の山中にあるその地に一目惚れをして しまったのは事実だが，即契約へと突き進h だわけではない。いよいよ始まるのかと思え ば思うほど，その高揚感の一方で自制する自 分がいる。本当にそこで良いのか……，いや もっと根幹の問題として，本当に始めるの か……。始めるまでは「夢」でも，始まって しまえばその夢は「現実」となってしまう。 だからこそ，確かめておきたいことは山ほど あった。無理を承知で，その地を離れなくて はならなくなった先住者と会わせて欲しいと 農協の担当者に掛け合った。先住者も早く購 入者が決まって欲しいと思っていたから，意 外とあっさり私に会ってくれた。あれこれ， 矢継ぎ早に問tゝかける私に，さぞ彼は面食 らつたであろう。しかし，いやな顔一つせ ず，彼は淡々と応えてくれた。なかでも大き な懸念材料は「雪」であった。羊は放牧が 命。掛かる経費，生産物の独自性……，これ らは放牧の条件，とりわけどれだけ長く放牧 出来るかに掛かっている。松尾の牧場を排除 した大きな要因もそこにあった。松尾（村= 現八幡平巿）は裏岩手，岩手山の北側に位置 し，春になってもいつまでも残雪が広がって いるイメージが自分にはあった。