陽電子が視つけた水素吸蔵に伴う原子空孔生成

摘要

陽電子（ポジトロン）はプロトンと同じ正の素電荷を持つ素粒子であり，従って合金中ではイオンコアからクーロン反発力を受ける．そのため完全結晶中では水素と同様に格子間位置が最も安定な位置であり，その位置で電子と対消滅してガンマ線を放出する．この陽電子消滅法には，消滅ガンマ線の角度相関測定，ドップラー幅広がり測定，陽電子寿命測定の三種類の測定手法がある．前二者からは物質中の電子の運動量分布が，陽電子寿命測定からは電子密度の情報が得られる．つまり陽電子をプローブとして用いることによって，水素吸蔵合金中の水素吸蔵位置の電子情報が直接検出されることになる．一方，結晶中に原子空孔や転位等の格子欠陥が存在すると，陽電子はそのような格子欠陥にトラップされる．水素もこのような欠陥に強く捕獲され，水素吸蔵特性はこのような欠陥の存在に強く影響されるはずである．つまり，この場合も陽電子は水素吸蔵位置の情報を直接抽出することになる．すなわち，水素が捕獲される格子欠陥の種類と量についての情報を与えてくれる．このように陽電子は，水素吸蔵合金とその水素吸蔵過程について，侵入する水素の立場にたって直接的情報を与えてくれる極めてユニークなプローブと考えられる．その意味で，従来他の手法を用いて蓄積されてきた知見と相補的で且つ新たな情報が得られると期待される．