大腸菌分子生物学「部分から全体へ」,そして再び「全体から部分へ」

摘要

大腸菌は,分子生物学勃興期の主役であり, 20世紀後半の現代生命科学のモデル生物であった. 1950年代に始まる分子生物学の興隆は大腸菌を共通の研究対象とすることで発展し,遺伝子の実体,遺伝暗号,遺伝情報伝達機構,ゲノムの複製,転写制御,翻訳機構など,この時期に確立した生命科学の基本的概念は,大腸菌の分子遺伝学で形成されてきた. 1970年代の遺伝子クローニングとDNAシークエンシング技術開発の技術革命に支えられて,大腸菌で行なわれてきた研究が,一挙にヒトを含めて真核生物にまで広がった.さらに,ゲノム全シークエンス解明のビッグプロジェクトがいっせいに開始された.ゲノム全シークエンスの解明は, 20世紀型の大腸菌学パラダイムの終蔦であった.ところが,今,新世紀の新たな大腸菌学の胎動がある.